意外と知られていない宇宙の神秘一滴の水から、生命の起源へ。
コップ一杯の水を、宇宙へ放り出したら。「寒いから、すぐ氷になる」。そう思ったとき、もう一つの主役を忘れています。水の運命を変えるのは、温度だけでなく、まわりの圧力です。
一滴の水から、極限を耐える小さな生命へ。そして、星から星へ生命は渡れるのかという問いへ。確かめられた実験と、まだ答えのない仮説をたどる、14ページの宇宙旅行を始めましょう。

宇宙に捨てた水は、
まず何になる?
空気のある地上では、水はコップの底へ落ちます。けれど、空気のほとんどない宇宙へ放出すると、常温の水も急激に蒸発・沸騰し得ます。「冷たい場所で沸く」という、直感に反する変化です。
蒸発にはエネルギーが必要です。その熱を残った水から奪うことで水滴は冷え、一部が氷になることもあります。どのくらい蒸発し、どのくらい凍るかは、初めの温度、水滴の大きさ、日射などによって変わります。
必ず全部が一瞬で粉雪になる、という一つの結末ではありません。蒸気になる部分と、冷えて残る部分。その分かれ道を見るのが、この現象の面白さです。
沸騰の鍵は、
「100℃」よりも圧力。
水の沸点は、いつでも100℃というわけではありません。山の上では気圧が低くなり、地上より低い温度で沸騰します。液体から出ようとする水蒸気と、外から押す圧力のつり合いが変わるためです。
ただし、その関係を「宇宙では沸点がどこまでも氷点下へ下がる」と延長するのは不正確です。水の三重点は約0.01℃、約612 Pa。この圧力より低い平衡状態では、液体の水が安定して存在する領域がありません。
宇宙に出た水は、安定な液体として落ち着けないまま、蒸発して冷え、氷や水蒸気へ変わっていきます。地上の「お湯が沸く」とは条件が違うのです。
光る氷の粒も、
ずっとは残らない。
ぬれた肌が乾くと、少しひんやりする。水が蒸発するときに熱を持ち去る、身近な蒸発冷却です。低圧で急速に蒸発する水滴でも、同じ仕組みで残りの水からエネルギーが失われます。
十分に冷えれば氷ができ、光を受けた小さな粒がきらめくことがあります。冷たい宇宙の空気が一気に凍らせるわけではありません。真空には、地上の冷気のように熱を運ぶ空気がほとんどないからです。
そして、氷になって終わりでもありません。低圧の環境でエネルギーを受け取った氷は、液体を経ずに気体へ変わる「昇華」を起こします。一滴の水は、形を変えながら宇宙へ広がっていくのです。
もし、生き物が
そこへ出たら?
水の変化を見たあとでは、生き物の体にも目が向きます。私たちの体には水があり、呼吸には酸素が必要です。宇宙服は、単なる防寒着ではなく、圧力と呼吸環境を保つための小さな生命維持装置です。
生身の人間が真空に近い環境へさらされると、酸素不足や急減圧によって短時間で生命が危険にさらされます。一方、映画のように体が即座に破裂したり、全身が一瞬で凍りついたりする、という単純な描像でもありません。
では、乾燥に強い昆虫や、休眠できる微小な生き物ならどうでしょう。ここから先は「生きて活動すること」と「活動を止めて耐えること」を分けて考える必要があります。
ゴキブリなら、
本当に平気なのか。
しぶとい生き物の代表として、ゴキブリの名前がよく挙がります。しかし、「乾燥に比較的強い」「酸素の少ない条件に耐える」「宇宙空間で生きられる」は、それぞれ違う能力です。
宇宙には、低い圧力だけでなく、水分の喪失、温度条件、紫外線や放射線といった複数の負荷があります。外骨格があることだけで、それらをすべて防げるわけではありません。耐えられる時間も、生物の種類や実験条件をそろえずに比較できません。
「何分の真空なら必ず復活する」といった一律の時間ではなく、どの生物を、どの状態で、どんな環境に置いたのか。次のクマムシの実験は、この条件の読み方が大切になります。
10日間の宇宙曝露。
帰ってきたクマムシ。
2007年、FOTON-M3のTARDIS実験では、乾燥させたクマムシが低地球軌道で10日間、宇宙の環境に曝されました。実験の主役は、水の中で元気に歩く個体ではなく、活動を大きく抑えた乾燥状態の個体です。
真空を中心とする条件では、帰還後の給水で多くが回復しました。しかし、太陽の紫外線も受ける条件では生存は大幅に低下しました。同じ「宇宙に出した」実験でも、何を遮り、何に曝したかで結果が変わります。
クマムシは宇宙を自由に歩き回れる生物ではありません。それでも、活動を止めた小さな体が真空を耐え、適切な環境へ戻ると再び動き出したことは、生命の限界を広げる発見でした。
生きるために、
いったん活動を止める。
極端な乾燥などに応じて、代謝が検出しにくいほど低い状態になることを「クリプトビオシス」と呼びます。乾燥によるものが「乾眠」です。乾眠とクリプトビオシスは、完全に同じ範囲の言葉ではありません。
クマムシは体を縮め、樽のような姿になります。細胞を保つ仕組みには保護タンパク質などが関わりますが、すべての生物が同じ物質を同じ量だけ使うわけではありません。乾燥から戻る力にも、種や条件による違いがあります。
昆虫のネムリユスリカも、幼虫が乾燥に耐えることで知られます。ISS「きぼう」では、乾燥幼虫に水を与えたあとの観察も行われました。船内での給水観察と、船外の真空・紫外線への曝露実験は、区別して受け止めましょう。
生命は、
星から星へ渡れるか。
微小な生物が宇宙の条件に耐えられるなら、岩石に守られて別の惑星へ運ばれることはあるのでしょうか。生命やその種が宇宙を介して広がるという考えが、パンスペルミア仮説です。
とくに岩石に包まれた移動は「リソパンスペルミア」と呼ばれます。出発時の衝撃、宇宙での長い漂流、到着時の大気圏突入。生きたまま移動するには、別々の関門をすべて越える必要があります。
なお、生命の材料となる有機物が運ばれることと、生きた微生物が運ばれることは同じではありません。仮に生物の移動が起きても、生命が最初にどこで、どう生まれたのかという問いは残ります。
第一の関門。
惑星から飛び出す衝撃。
惑星へ大きな天体が衝突すると、岩石の一部が宇宙へ飛び出すことがあります。火星由来の隕石が地球で見つかることは、岩石が惑星間を移動できる実例です。問題は、その中の生命も衝撃に耐えられるかどうかです。
岩石に微生物を挟んだ衝撃回収実験では、5~50 GPaという圧力範囲で、胞子や岩石中にすむ生物の反応が調べられました。生存は、圧力だけでなく、温度や水分、生物の種類などにも左右されます。
一部の試料が生存した結果は、出発が必ず不可能とはいえないことを示します。ただし「すべての微生物が、どんな衝突でも平気」と証明したわけではありません。実験条件を外して、強さだけを一般化しないことが大切です。
第二の関門。
宇宙で3年間、耐える。
次は、宇宙での時間です。日本の「たんぽぽ」計画では、ISS「きぼう」の船外で微生物を長期間曝露し、生存やDNAの損傷を調べました。3年間の曝露後、生存している細菌が確認されました。
調べられたのは、放射線に強いデイノコッカスなどをまとめた菌塊です。厚さ0.5 mm以上の試料では、外側の層が紫外線を遮ることで、内側の細胞が生き残ることが示されました。単独の裸の菌一つが同じように耐えた、という意味ではありません。
これは地球の磁場の影響を受ける低地球軌道での実験です。惑星間空間の放射線や、もっと長い移動時間まで一度に再現したわけではありません。それでも、小さな集まりが「盾」になることは、宇宙での生存を考える大きな手がかりです。
第三の関門。
燃える表面、その内側は。
大気圏へ入る岩石の表面は激しく加熱されます。しかし、内部まで同じ速さで熱が伝わるとは限りません。では、岩石に守られた生物が再突入を生き残る場合はあるのでしょうか。
2014年のFOTON-M4を使ったMETEORITE実験では、1.4 cm厚の玄武岩円盤に乾燥した耐熱性細菌を入れました。表面が溶ける条件で帰還したあと、対象菌を入れた24か所中4か所から、生きた菌が回収されました。
一方、先行するSTONEの実験では、生存が確認されなかった条件もあります。結果は試料や保護の条件次第です。METEORITEはパラシュートで着地したため、自然の隕石が地面へ高速衝突する最後の段階まで証明したわけでもありません。
私たちは、
火星人の子孫なのか?
古い火星には、川や湖など、液体の水があったことを示す地形や岩石が残っています。火星から飛び出した岩石が地球へ届くことも分かっています。二つを重ねると、火星の生命が地球へ来た可能性を考えたくなります。
けれど、「生命に適した環境があった」と「そこで生命が生まれた」は別です。生命の痕跡かもしれない試料や有機物の発見も、まだ火星生命の確定的な証明ではありません。有機物は、生物以外の化学反応でも作られます。
私たちが火星の生命の子孫だという証拠は、今のところありません。出発・漂流・到着の実験は可能性の一部を試すものです。答えを急ぐより、何が見つかれば仮説を確かめられるのか。その問いこそが次の探査を動かします。
夜空を見上げると、
一滴の水が違って見える。
宇宙に放たれた水は、低い圧力のもとで蒸発し、冷え、条件によっては氷になり、さらに昇華していく。その小さな変化には、地球で当たり前だった環境のありがたさが隠れていました。
乾燥して活動を止める生き物。集まることで内側を守る微生物。岩石に包まれ、再突入を生き残った実験試料。生命の限界は、一つずつ条件を変え、確かめることで見えてきます。
そこから先の「星から星への生命の旅」は、まだ大きな問いのままです。分かったことが増えるほど、夜空には次の疑問が生まれる。次に空を見上げるとき、コップ一杯の水から始まった、この旅を思い出してみてください。